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東京地方裁判所 昭和54年(ワ)11256号 判決

原告 宮川淑 ほか二名

被告 国

代理人 瀬戸正義 秋山弘

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告らに対し、それぞれ金一五万円及びこれに対する昭和五四年一一月二二日から右支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告らの地位

原告らは、いずれも日本国民で、昭和五四年一〇月七日施行の衆議院議員選挙(以下「本件総選挙」という。)に際し、公職選挙法一三条、同法別表第一、同法附則七項ないし一一項所定の選挙区及び議員定数の定め(以下「本件議員定数配分規定」という。)にいう千葉県第四区で選挙権を行使した者である。

2  本件議員定数配分規定の違憲性

(一) 国会議員の選挙においては、一人一票の原則からすると、いずれの選挙人の一票も他の選挙人のそれと平等の価値を与えられなければならず、ある選挙区における議員一人当たりの選挙人数と他の選挙区におけるそれとの比率が一対一を超えその投票価値に較差を生ずることは原則として許されず、各選挙区に議員定数を配分する法技術上やむをえない範囲内で較差を生ずる場合にだけ例外的に許容されるものにすぎない。右のような範囲を超えてある選挙区と他の選挙区との間に右一対一の比率を超える較差を生ずるような議員定数配分規定は、憲法一四条一項、一五条一項、四四条但書に反するものというべきである。

(二) 本件議員定数配分規定が定める衆議院議員の定数と各選挙区ごとの人口数、選挙人数とを対比してみると、著しく不合理な較差が存在する。

即ち、本件総選挙は昭和五四年九月一〇日現在の選挙人名簿によつて施行されたものであるが、同名簿によると、選挙人数は全国で八〇六七万八八五八人、千葉県第四区で九四万九一八八人で、議員定数は本件議員定数配分規定によると、全国で五一一人、千葉県第四区で三人となつており、議員一人当たりの選挙人数は全国平均が一五万七八八四人、千葉県第四区が三一万六三九六人で、その比は前者を一〇〇とすると後者は二〇〇・三九となる。また千葉県第四区と兵庫県第五区とを比較すると、昭和五〇年一〇月一日現在における右各選挙区の議員一人当たりの人口数の比率は、兵庫県第五区を一とすると千葉県第四区は三・七一であり、右各選挙区の議員一人当たりの選挙人数の比率は、兵庫県第五区のそれを一とすると、千葉県第四区のそれは、昭和五一年九月一日現在で三・四八、昭和五二年九月一日現在で三・五九、昭和五三年九月一日現在で三・七四、昭和五四年九月一日現在で、三・八八で、その比率は年々上昇している。

(三) すると、本件総選挙施行当時における本件議員定数配分規定は、違憲、無効なものであつたというべきである。

3  内閣及び国会議員の違憲法律改正義務の懈怠

(一) 内閣又は国会議員が国会に対し法律案を提出又は発議するかどうかは全く無制約な自由裁量ではなく、憲法一三条が国民の幸福追求権を保障し、同法九九条が国務大臣、国会議員等の憲法尊重擁護義務を規定していることからみて、ある法律が憲法違反の状態になつた場合には、内閣又は国会議員はその改正のための法律案を提出し、又は発議すべき具体的な法的義務を負うものである。殊に議員定数配分規定については、公職選挙法別表第一の末尾に、「本表は、この法律施行の日から五年ごとに、直近に行われた国勢調査の結果によつて、更正するのを例とする。」と規定されており、それにもかかわらず、右規定は、公職選挙法が昭和二五年に施行されて以来、昭和三九年と昭和五〇年七月の二度改正されたにすぎず、しかも昭和五〇年一〇月一日に実施された国勢調査の結果が同年一二月一〇日公表され、各選挙区の議員一人当たりの人口数の比率において前記のような較差の存在することが明らかとなり、また昭和五一年四月一四日の最高裁判決においても、選挙人の投票価値の不平等が一般的に合理性を有するものとは到底考えられない程度に達しているときは違憲と判断するほかないと判示していることからも、内閣又は国会議員は議員定数配分規定につき改正法案を提出又は発議すべき法的義務があり、その後の期間及び機会の上からも充分それが可能であつた。

ところが、内閣又は国会議員は右改正法案の提出又は発議することを故意又は重大な過失によつて怠り、そのまま放置してきたもので、右は自由裁量権の濫用に当たり、違法なものというべきである。

4  被告の責任

内閣及び国会議員はいずれも立法行為の連鎖の一過程たる法律案提出、発議に関する国の公権力の行使に当たる公務員であるところ、前記のとおりいずれも故意又は重大な過失によりその職務を怠つて、本件議員定数配分規定を改正する法律案を国会に提出又は発議せず、そのため原告らは、その憲法上の権利を侵害され、後記損害を被つたものであるから、被告は原告らに対し、国家賠償法一条一項の規定に基づく損害賠償責任がある。

5  原告らの損害

原告らは、如上のような違憲の本件議員定数配分規定の放置により、本件総選挙において不合理、不平等な選挙権の行使を余儀なくされ、憲法上の平等な参政権を侵害されて著しい精神的苦痛を被つた。そして、原告らがかねて右配分規定の改正に熱意を有し、その実現に努力していたことをも考慮すると、右苦痛は原告ら各自についてそれぞれ金一五万円をもつて慰藉せられるのが相当である。

よつて、原告らはそれぞれ被告に対し、国家賠償法一条一項の規定に基づき、慰藉料として各金一五万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五四年一一月二二日から右支払済みまでの年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する被告の認否及び主張

1  認否

(一) 請求の原因1の事実は、認める。

(二) 同2の事実中、全国と千葉第四区との議員一人当たりの選挙人数に関する数値(全国の選挙人数は八〇六七万八八三二人である。)並びに千葉県第四区と兵庫県第五区との議員一人当たりの人口数及び選挙人数の比較に関する数値は認めるが、議員定数配分規定が憲法の規定に反するとの主張は争う。

(三) 同3から5までの事実は、いずれも争う。

2  主張

(一) 憲法四三条二項、四七条は、国会議員の定数、選挙区、投票の方法その他選挙に関する事項は法律で定める旨規定しており、このことは選挙に関する事項の決定は原則として国会の裁量に委ねる趣旨で、右に基づき国会がその裁量の範囲内で現行の中選挙区単記投票制を選択した以上、これに伴う投票の価値の差異が生ずることは避けられず、右のような結果の生ずることは憲法の容認するところというべきである。

仮に、現行選挙制度のもとにおいて、投票の価値の平等が要求されるにしても、議員定数の配分は、単に人口的要素に着目するだけでなく、従来の選挙の実績、選挙区としてのまとまり具合、市町村その他の行政区画、面積の大小、人口密度、住民構成、交通事情、地理的状況等諸般の非人口的要素を考慮し、配分されるべき議員数との関連を勘案しつつ、社会の急激な変化なども考慮しながら、具体的な決定がなされるべき高度の政策的判断を要することがらである(最高裁判所昭和四九年(行ツ)第七五号、昭和五一年四月一四日大法廷判決・民集三〇巻三号二二三頁参照)。そして、そのような総合的考慮の結果、各選挙区における選挙権が実質的には平等であるとして決定された国会の議員定数配分に関する裁量は、それが著しく裁量の範囲を逸脱し、そのことが一見して明白でない限り、違憲にはならないというべきであり、そのような見地から本件議員定数配分規定は違憲の状態にはなかつたというべきである。

(二) 内閣又は国会議員が、特定の法律案を国会に提出し、又は発議するかどうかは、内閣又は国会議員の政策的、専門的、技術的配慮に基づく広範な裁量に委ねられているのであつて、右のような権限の行使が個々の国民との関係で法律上義務付けられるというようなことはあり得ず、また右権限行使の当否によつて、政治的責任が生ずることは格別、個々の国民に対する法律上の責任が生ずる余地はない。

なお、公職選挙法別表第一の末尾の規定は、その「更正するのを例とする。」との文言に照らしても単なる訓示規定にすぎないことが明らかであるうえ、本件議員定数配分規定は昭和五〇年法律第六三号をもつて改正されており、右規定を根拠に本件総選挙当時に改正義務があつたということは到底いい得ないものである。

(三) また一票の価値の較差の問題は、当該選挙区全体の問題としてとらえられるべきものであつて、その主張にかかる一票の価値なるものは、極めて抽象的かつ不明確なものにすぎず、これを個々の有権者の具体的な投票権の権利内容としてとらえることはできないものである。

(四) 仮に、本件議員定数配分規定が違憲であつたとしても、原告らの本訴請求が認容されるためには、違憲状態を放置したことについて内閣又は国会議員に故意又は過失がなければならないところ、議員定数配分の不均衡がどの程度に達したら違憲状態になるかについては、本件総選挙当時、裁判所の判断も区々であつて、明確な基準が示されておらず、前記のように本件議員定数配分規定は昭和五〇年法律第六三号で改正されているのであるから、内閣又は国会議員が改正法案を提出、又は発議しなかつたことについて故意又は過失があつたとはいえない。

理由

一  原告らがいずれも日本国民で、本件総選挙において千葉県第四区で選挙権を行使した者であることは、当事者間に争いがなく、内閣の代表者である内閣総理大臣及びその構成員である国務大臣並びに国会議員が国の公権力の行使に当たる公務員であること、内閣が国会に対し法律案を提出し、国会議員が発議する場合の制約はあるものの法律案を発議する権限を有することは憲法七二条、内閣法五条、国会法五六条からして明らかなところであり、従つて法律案の提出又は発議は当然に内閣又は国会議員の職務の範囲に属するものというべきである。

二  原告らは、本件議員定数配分規定が投票価値に較差のある定めをしていて違憲であるにかかわらず、内閣又は国会議員が故意又は過失によつてこれを放置し、改正法案を提出又は発議しなかつたため原告らが精神的苦痛を受けた旨主張する。

本件総選挙における議員一人当たりの選挙人数の比率が、全国平均を一〇〇とすると千葉県第四区の場合二〇〇・三九であつたこと、千葉県第四区と兵庫県第五区との間では、昭和五〇年一〇月一日現在の議員一人当たりの人口数の比率が三・七一対一、選挙人数の比率が昭和五一年九月一日現在で三・四八対一、昭和五二年九月一日現在で三・五九対一、昭和五三年九月一日現在で三・七四対一、昭和五四年九月一日現在で三・八八対一であつたことは、当事者間に争いがない。

しかして、選挙権は国民の国政への参加を保障する権利として議会制民主主義の根幹をなし、憲法の保障する基本的人権のうちでも重要なものの一つであり、一人一票の原則からしても、各人の投票価値に差の生ずることはできるだけ避けなければならず、そのような事態が生じ、また生ずる虞れのあるときは、法案の提出又は発議の権限を有する内閣又は国会議員としてはそれを是正する法案を提出又は発議する責務があり、殊に右投票価値の不平等が一般的に合理性を有するものとは考えられない程度に達したときには、その議員定数規定は憲法の規定に反することとなるから、内閣及び国会議員としては是正するための法案を提出又は発議すべき法的義務を負うものといわなければならない。

しかしながら、すべての選挙人の投票価値を全く同一ないしはそれに近い状態とすることは選挙制度の在り方と関連して至難なことであるうえ、そもそも内閣又は国会議員が法律案を提出又は発議するかどうかはその時期、内容を含めて、その時点のあらゆる諸状況を踏まえたうえ、高度の政治的、政策的判断のもとに決定されるべき事柄であり、議員定数の配分決定に当たつても選挙制度としてどのような制度をとるのかの問題が根本的に存在するが、現行の中選挙区制を前提とする限り、地域的一体性、行政区画、選挙区の面積、住民構成、交通事情、人口数変動のすう勢等諸般の状況を総合検討しなければならず、また憲法の規定に反するかどうかの点についても、昭和五一年四月一四日の最高裁判所判決では、議員一人当たりの選挙人数の最大値と最小値の比率が四・九九・一であるときは、右議員定数配分規定は憲法の規定に反するとされたが、右判決以前には右比率が四・〇九対一及び五・〇八対一の場合にもそれが憲法の規定に反しないとした最高裁判決も存在したばかりでなく、議員定数配分規定が憲法の規定に反するとした前記最高裁判決においても、その較差がどの程度に達すれば憲法の規定に反することになるかの点については明示しておらず、その基準は必ずしも明確ではない。また公職選挙法別表第一の末尾に、「本表は、この法律施行の日から五年ごとに、直近に行われた国勢調査の結果によつて更正するのを例とする。」と規定されているが、弁論の全趣旨によると、本件議員定数配分規定は昭和四五年に実施された国勢調査の結果をもとにして昭和五〇年七月に改正されていることが認められる。

そして、以上の諸点を考慮するならば、本件総選挙当時千葉県第四区の選挙人の投票の価値において、他の選挙区の選挙人のそれとの間に前記のような較差があつたとしても、内閣又は国会議員においてこれを是正するための法案を提出、発議しなかつたからといつて、当時の内閣の構成員及び国会議員に故意又は過失があつたものとみることはできない。

三  そうであるとするならば、本件総選挙当時における議定数配分規定が憲法の規定に反するかどうかを含めその余の点を判断するまでもなく、原告らの請求はその理由がないものといわなければならない。

四  よつて、原告らの本訴請求はいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小川昭二郎 榎本恭博 山下満)

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